漸く、僕は見つけたのかもしれない。

僕が、僕で在れる場所。



Days.1〜宝条直〜



「そう言えば朔夜、新しい子はどうしたの?」

未だ気絶したままの怜時を余所に、李安は辺りをキョロキョロと見回す。
新しい子…とは、昨日集まった際、話題に出た『1年生の新メンバー』のことだ。

「ああ…宝条なら早速仕事をやってもらってるぜ」
「そうなの?自己紹介もまだなのに」
「ちょうど新しい仕事が入ったとこだったからな」
「へぇ……どんな仕事だよ?」
「最近…花壇が誰かに荒らされて問題になってるみたいで、栽培部の部長から生徒会に依頼があったみたいだぜ。
『犯人を調べてくれ』って」
「あ〜……確か…新堂さんだよね〜…」

話の途中、怜時が目を覚ましたらしく、会話に混じって来る。

「同じクラスなんだよね〜……何か小さくて可愛い子だよ」
「あたしも知ってる。実秋…あたしの友達の親友らしくて…何度か話したことある」
「俺も、顔は知ってるな


それぞれが『新堂文子(しんどう・ふみこ)』と言う少女の人物像を思い浮かべる。
茶色、と言うよりは栗色と表現した方が相応しいであろう、本人の性格を表しているかのように柔らかい髪に、
いつも儚げで控え目な女性らしい微笑みを浮かべている印象の強い少女だ。
まぁ…一言で表すならば、『大人しい』少女である。
そんな少女の傍らには、よく『実秋』と呼ばれた李安の友達…園実秋(その・みあき)が居る。
彼女は新堂文子とは正反対の性格で、ややウェーブの掛かった藤色の髪を持ち、常に積極的に自分の意見を主張し、
明るく豪快な笑顔の印象が強い。
ちなみに、李安はどちらかと言えば園実秋寄りの性格なのだが、彼女は園実秋と違って周囲に対しての積極性はあまりない。
それはつまり、積極性を持って行動を起こすことで発生する、面倒事が嫌いなためだ。
そんな李安の代わりに、園実秋は全てを行なってくれる。李安の心中を察したかのように、全てを思い通りにこなしてしまう。
李安が彼女を好いている1番の理由はそこだった。
その点で行けば、李安は新堂文子寄りの面を持ち合わせているのかもしれない。園実秋を信頼し、
行動権を彼女に譲り渡していると言う点では。
李安は数回話したことのある新堂文子をそう解釈していた。だからこそ、現在の状況に驚いていた。

彼女が栽培部に所属していることは知っていた。しかし、部長などと言う面倒事の責務を負っているとは全く思わなかったのだ。

「さて…お手並み拝見と行かせてもらうぜ、宝条直」



浜中中学校の桜木は、地元住民の間ではなかなか有名な名所である。
それこそ、春休みの間は花見をする住民のために、ある程度の制約を付けながらも学校の敷地を貸し出す程に…だ。

海を埋め立てて造られた浜中町は、それこそ最初は大都市の仲間入りをするような無駄に立派な高層ビルばかり立ち並ぶ予定であったが、
計画が実行される直前に町長が亡くなり、新しく町長となった人物がそれを根底から覆る改革論を掲げた。
その町長は自然をこよなく愛し、緑溢れる町作りと言うスローガンを立てて懸命に取り組んだ。
その際に、神聖なる学び舎に立派な木々を…と言うことで、まだ創立して間もない浜中中学校のあちこちに沢山の植物が植えられたのだ。

現代。10年程前にまた町長が変わり、前代が理想とした緑溢れる町からはやや離れて来てはいるが、
それでも浜中中学校に植えられた木々は今も人々の癒しとなっている。

そんな桜木の上で、下の花壇をじっと見つめる茶髪でショートヘアーの人物が一人。
クリーム色のフードの付いたパーカーに、深緑の半ズボンと言う、女子は紺のブレザー、
男子は黒の学ランを正式な服装としている浜中中学校では、あまり見掛けない服装をしている。
一見小学生が紛れ込んだのかと思わせられるが、こんな格好ながらその人物はれっきとしたここの生徒である。

宝条直(ほうじょう・なお)。
浜中中学校の1年生であり、新しくLPGに所属することになった新メンバーだ。

ちなみに、直の今の格好…所謂私服姿は、変装の意図も何もない。これが普段からの服装なのだ。
理由は明らかでないが、直が制服を着て学校に来たのは入学式の日だけで、それは以降はずっと私服で登校している。

「……誰も来ないなぁ…」

首に生徒会から借りた、小さめのデジタルカメラを掛けて、ここ連日花壇を荒らしに来ている犯人を待ち構えているのだが…
これがなかなか姿を現わしてくれない。
もう1時間は待っているだろうか。いくら春とは言え、じっとしたまま動かずに屋外に居るにはまだ肌寒い。



直がLPGに入ったのは、朔夜からの勧誘だった。
直だけじゃない。1つ上の神や、朔夜と同い年の怜時と李安も、朔夜ともう1人、
去年の3年生だった少女の2人によって勧誘をされたのだ。

そもそも、LPGはその去年3年だった少女が作った組織である。
その目的は、一般的に見てみれば『不良』、つまり『問題児』として周囲の人間に疎まれている生徒を、
最初は陰ながらでも良いから学校と関わらせること。
前生徒会長でもあった少女は、生徒会に来た生徒の相談事の中から、
生徒の力だけで何とかなる事柄をLPGに解決させると言ったスタイルで、組織の存在を確立させた。
とは言え、LPGの存在は一般生徒には知られておらず、『問題児』の彼らが裏で自分達を手助けしてくれていることも知らない。
でも、それで構わなかった。表立って『善』を行い、評価を欲するような人間ならば、
最初から『問題児』と呼ばれるような行動など取ってはいないのだから。



「あ!」

つい声を漏らしてしまってから、直は慌てて両手で口を塞ぐ。
しかし、上手くグラウンドから聞こえるサッカー部の笛の音と重なったらしく、下に現れた人物には聞こえていないようだ。

「……あの人、凄い怪しい」

先程から左右をキョロキョロと見回して、誰も居ないことを確認している1人の男子生徒。
唯一学年を確認出来る上履きではなく、外履きを履いているので学年は分からないものの、ここの生徒であることは一目瞭然だった。

「とりあえずっ…と」

直はカメラを構える。
証拠を掴まなければならないのだ。特に、LPGの人間の発言力は0に等しい。
実際に目撃をするだけで証拠が無ければ言い逃れることなど容易。そうなると生徒会も手助けは出来ない。

「花壇を荒らすところを写真にしないと意味が無い…」

下の男子生徒は、誰も居ないことの確認が終わったらしい。いよいよ花壇へと足を近付ける。
直も、構えたカメラを持つ手が汗ばむ。自分のLPGでの初仕事、何としても成功で終わらせたい。
男子生徒が咲き乱れる花をむしり取る。直のカメラのシャッターの音と、誰かの声が重なる。

「止めて!!」

大きな声を出し慣れていないのか、少し声が裏返る。
しかし、やや震えている弱々しい姿ながらも、そのブラウンの瞳には強さが溢れていた。

「あなただったのね、工藤くん。最近花壇を荒らしていたのは…」

一見正面からは直と同じくらいのショートヘアーに見えるが、後ろは背中まで伸びた栗色の髪を1つ束ねていて、
まるで尻尾のように風に靡いてユラユラ揺れている。

「まさか……同じクラスの人が犯人だなんて、思いたくなかった」
「ハッ…随分な綺麗事だな。新堂」

(新堂…?…あっ)
その名前に、直は聞き覚えがあった。
LPGのリーダー、朔夜の口からその名は告げられていた。



彼は、殆ど教室に居ることはない。何故なら、彼は3年になってから一度も…授業に参加したことがないからだ。
ならば彼は、何処に居るのか。無理矢理鍵を壊し、新たに自分専用の鍵を掛け替えたその空間に、彼は居た。

『……小野寺先輩…』

ただしこの日だけは、特定の時刻のみ鍵を掛けて置かないことにしていた。
来るか来ないか分からない、ある1人の人物を待って。
しかし彼の予想通りか否か、その人物は姿を現した。
朔夜の待つ、屋上へと。

『……来たか、宝条』
『はい。僕なんかを誘って頂いて、ありがとうございます』

直は朔夜の前に立ち、深々とお辞儀をする。
いくら朔夜の2つ下とは言え、平均から考えればかなり身長の低い直は、数秒すると顔を上げ、
かなり上を向いて一生懸命朔夜と目線を合わせる。

『でも…本当に僕なんかが参加しても良いんですか?僕よりも優れた人なんて沢山居るのに…』

直の一言に、朔夜はフッと皮肉を交えて笑う。
そんな、妙に真面目ながらも異色を放つ1年に、ますます興味が湧きそうだと思いながら。

『何、完璧な奴なんか最初から俺らは求めちゃいないさ。今は駄目でも、方向が間違ってても、
ぐーんと成長しそうな奴と、俺らは居たいんだよ』

朔夜の言葉はよく理解出来なかったが、あまりにも愉しげに笑うものだから、直ははい、と大きく頷いてしまう。

他人に囚われず、己に自由に振る舞う金髪の少年の背中が、何だかとてつもなく大きく見えたそのときから。
此処に在ろう。此処が自分の居場所だ。
そう…思ったのだった。



「とにかく工藤くん…もうこんなことはしないで!」

工藤と呼ばれた少年は、言葉が出なかった。
普段は大人しく、自己主張などせずに空気に流れるまま過ごしている彼女が。
こんなにも、強く威厳を放つ彼女など知らないがために。
恐怖で凍り付く自身の体を、やっとの思いで動かして。
この恐怖から解放されたいがために、彼女に向かって拳を振りかざす。

「うるせっ……黙れ!!」
「きゃっ……」

突然の攻撃を避けられる程の瞬発力など、新堂文子は持ち合わせていない。
しかし自分の腕を顔の前でクロスさせ、最低限の防御の姿勢を取る。
恐怖から目をギュッと瞑って待つこと約10秒。
いつまで経っても、覚悟していた痛みを感じず、不思議に思った文子が恐る恐る目を開けると。

そこには、工藤の腕に絡み付く…茶髪の小学生らしき人物が居た。

「先輩、暴力なんて最低ですよ!」
「な…何だよコイツっ、離せ!!」

そう言って、工藤は直の絡み付いた腕を大きく振り回し、直を引き剥がそうとする。
男女の力の差か、あっという間に直は工藤の腕から離れてしまう。しかし空中で半回転し、下を向いていた頭を上に向け、
爪先で綺麗に着地する。

「他人や物にあたるなんて、情けないですね」
「んだと!?分かった口の聞き方しやがって!!」

工藤は顔を真っ赤にして怒り出し、今度は直に向かって拳を振り上げる。
それでも直は臆することなく工藤をしっかりと見据え、ぶつかる寸前に軽く後ろにジャンプすることでその攻撃を交わす。

「力任せじゃ、僕に一発も当てられませんよ?先輩」

体格の大きく異なる相手にも直は挑発を交え、口元には笑みを浮かべながら勇敢に立ち向かって行く。
相手はかなり単純らしく、それはもう見事なまでに挑発に乗ってしまう。無闇やたらに拳を振り回し、しかし直には一発も当たらない。

「……あなたには、」

そう呟きながら、直は工藤の頭上よりも遥かに高い位置まで飛躍していた。それは、まるで羽根でもあるかのように。
途端、工藤には時の進みがいきなり遅くなったように感じられる。

「理解出来ない。考えを改めない限り、新堂先輩の気持ちは…」

耳に届く声も、目の前に映る直の動きも、全てがスローモーションに見える。
余談だが、そんな直の引き起こす不思議な現象が、後に宝条直の通り名…『魅惑の天使』に繋がっていたりする。

ドコッ。

直の蹴りが呆然としている工藤の頭に直撃し、そのまま真横に倒れる。
直は地面に着地すると軽く息を吐いてから、笑顔で文子の方を振り向く。

「大丈夫ですか?先輩」
「えっ?あ、はい……あなたは…?」
「僕は大丈夫です!」

突然自分の方に話を振られ、困惑した文子は相手が年下であろうと外見で判断しながらも、反射的に丁寧語で言葉を返す。
別に直は文子の返答の不自然さなど気にする様子もなく、言葉の内容から彼女の安全を確認し、嬉しさに満面の笑みを零す。
そんな、年相応の可愛い姿に、文子も控え目な笑みを見せる。

「これで、きっと花壇も荒れなくなりますよ。安心して下さい」
「うん……ありがとう。えっと、名前教えてもらっても良い?」

落ち着きを取り戻したのか丁寧語も抜けて、文子は自分と何となく似た風貌の、謎の小学生(に見える)の名前を問う。
すると直は、自分が小学生に思われているのを分かっているらしく、ここの生徒だと言うことも付け加えて、自己紹介をする。

「僕は浜中中1年、宝条直です」
「あ……1年生なんだ…。私は、3年の新堂文子。宜しくね」
「はい、宜しくお願いします」

直は小さく会釈し、では…と言ってその場から走り去る。
文子は突然行ってしまった直を呼び止めることもなく、じっと、その小さくも逞しい背中を見つめながら、呟く。

「本当にありがとう。可愛い…騎士(ないと)さん」



「どうだ、上手く行ったか?」

仕事が終わったら理科室に来い。
そう告げられていた直が約束通り理科室に向かうと、ドアの付近に居た朔夜がこう問う。

「はい、ばっちりです!」

直は笑顔で答えると、朔夜に連れられて例のLPGの隠し部屋へと入って行った。



「「「……………」」」
「宝条直です、宜しくお願いしますね先輩方!」

朔夜以外のメンバーは、初めて見る直の姿に口を半開きにして唖然とする。
何故なら、目の前の人物はどう高めに見ても小学校4年生程度の年齢にしか見えない。
例えきちんと制服を着ていたとしても、コスプレにしか見えないであろうと。

しばらくして、飛ばした意識をいち早く取り戻して言葉を発したのは李安だった。

「か…可愛いじゃない。何か凄く後輩らしいわ…」
「え〜神ちゃんのが絶対可愛いし〜」
「アンタは美的感覚がズレてんだよ、バカ怜時っ!!」

気を遣って言葉を選んで言う李安に対し、平然と正直なことしか言わない、所謂空気の読めない怜時。
神は元々から口数も少なく、また彼女も口を開けば気の利いた言葉は言えないたちなので、無言を貫き通している。
直は特に3人の状態を気にすることなく、ニコニコと得意の笑顔を浮かべている。

「まだ全然不馴れな僕ですが、先輩方の足を引っ張らないように頑張ります」

また、直の真面目な雰囲気にも圧され、元々は素行の悪い人間の集まりである先輩達は対応に困る。
そんな中、リーダーである朔夜が一番に口を開いた。

「宝条、これを最後の問いにする。俺達とこのLPG……やってくれるか?」

突然の言葉に、直は目を丸くする。
しかし真剣な表情で見て来る朔夜に、ここは真面目に答えなければならないと感じる。
とは言え、ここまで来て…言うことは決まっている。ただ1つ。

「僕は宝条直。LPGの、1年新メンバーです!」

右手を高く挙げ、宣誓のように自分の意志を告げれば、朔夜からは彼得意のフッ…と皮肉のような笑顔が返って来る。
直には、躊躇も何も無い。それが予想外なくらいに嬉しくて。

「んじゃ……あれ行きましょうか」
「え〜…恥ずかしいじゃ〜ん」
「LPGのしきたりだ。我慢しろ」
「………」

そう言って、4人の先輩は直の正面に並び、朔夜のせーの…の掛け声で声を揃える。

「「「「ようこそ、LPGへ!!」」」」

満面の笑顔を浮かべる李安。相変わらずの細目で、間抜けな表情と間延びした声の怜時。
神はずっと無表情。しかし、それは直に対する嫌悪感でも何でもなく、単に彼女が感情表現が苦手なだけ。
その次に感情表現の苦手な朔夜は、先程と変わらぬ皮肉めいた笑みを浮かべたまま。
そして、この中では1番表現が豊かな直は、今までで1番の笑顔で返す。

新しい5人となったLPGメンバー。
常識のやや枠外に居て、自分の思うがままに突っ走る。
そんな…少年少女達の、1年間はまだ始まったばかり。



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