海月を引く鮟鱇





頭上に遥か広い大地を仰ぎながら、あたしは問うのです。



「とどのつまりは、どういうことですか」

「彼は死んだのです。果てのない強欲を満たせない世界に絶望して海へ」



空平線が蒼褪めて、海月も、それを引く鮟鱇も、茫茫と光っています。



「死んだのなら、何故悼むのですか。いえ、死んだのですか。消えたのではなく」

「彼は死んだのです。抱えきれない欲望の故に与えない世界に絶望して地へ」



私は殆ど同じセリフを繰り返します。



「死んだ記憶がありません」

「私が死んだわけではありません」



同じ音色が投げられて、同じ放物線を描いて、誰にも届きません。



「彼、とは誰ですか」

「彼は死んだのです。欲望として欲望を満たさない世界と決別したのです」



私はまた、殆ど同じセリフを繰り返します。



「欲望として、ですか。では何故悼むのですか」



私の言うことが、



「死んだのです。失ったのではなく、消えたのではなく、無くなったのではないのです」



あたしには分かりません。



「何故悼むのですか」

「死んだからです。悼まねば先に進めません」



両手の鼬ごっこが積み重なっていくようで、錫の笑うのが薄むらさ木(うすむらさき)の方から聞こえます。



「あたしが先に進めません」



(嗚呼、此処でした。)



「では私が悼みましょう。悼む心として私が此処に残りましょう」



慌てて首を振りかけても、彼は最早従ってはくれません。



「悼む心として、ですか。何故残るのですか」

「彼が死んだからです」



彼は来た道の方を見て、お行きなさい、と、それきりで。



「分かりました、さようなら」



そうして、あたしは彼に手を振ったのです。





海月を引く鮟鱇が、朝靄に溶けて、薄れていきます。








何か、不思議な話が書きたかった気がする。


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